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カート

カートは空です

買い物を継続

洗濯物をたたむのは、あまり好きではなかった。

乾いた服を取り込んで、たたんで、しまう。ただそれだけのことなのに、仕事から帰った夜には少し面倒に感じる。

椅子の背もたれにかけたままのシャツ。  
ソファの端に置いたタオル。  
部屋干し用のラックに残った靴下。

見えているのに、見ないふりをしてしまうものが、部屋の中にはいくつもある。

以前は、洗濯物をたたむ時間がもったいないと思っていた。音楽を流したり、動画を見たり、誰かのラジオを聞いたりして、できるだけその時間を別のもので埋めようとしていた。

手はシャツをたたんでいるのに、目は画面を見ている。  
タオルを重ねながら、耳は誰かの話を聞いている。

何かをしながら、別の何かをする。  
そういうことが上手くなったつもりでいた。

けれど、ある夜、何も流さずに洗濯物をたたんでみた。

理由は特になかった。  
ただ、スマートフォンの充電が切れそうで、少し離れた場所に置いたままだった。

部屋は静かだった。  
外を走る車の音が、窓の向こうで小さく伸びていく。  
冷蔵庫が低く鳴って、しばらくして止まる。  
ラックから外したシャツが、腕の中で少し乾いた匂いを立てる。

タオルの端をそろえる。  
シャツの袖を内側に折る。  
靴下を片方ずつ合わせる。

それだけのことなのに、思っていたよりも手順がある。  
思っていたよりも、指先がいろいろなことを覚えている。

柔らかいタオルは、ふわっと丸まりたがる。  
薄いシャツは、折り目を決めるまで少し頼りない。  
厚手の靴下は、片方だけなかなか見つからない。

急いでいると、全部ただの作業になる。  
でも、急がないでいると、それぞれに少しずつ違う重さや手触りがあることに気づく。

たたんだ服を重ねていくと、部屋の中にあった小さな散らかりが、少しずつ形を変えていく。

片づいた、というほど大げさなことではない。  
でも、椅子の背もたれが見えるようになる。  
ソファの端に余白が戻る。  
ラックが軽くなる。

それに合わせるように、頭の中も少し静かになる。

昼間、急いで返したメッセージのこと。  
会議中にうまく説明できなかったこと。  
誰かに何気なく言われた一言。  
明日までにやらなければならないこと。

そういうものは、完全には消えない。  
けれど、タオルを一枚ずつ重ねていると、それらが少しだけ遠くに置かれていく感じがする。

生活の中には、解決ではなく、ただ元の場所に戻していくための時間があるのかもしれない。

洗濯物をたたむことは、何かを前に進める行為ではない。  
新しいものを生み出すわけでもない。  

それでも、乾いたシャツをたたんで、引き出しにしまうとき、少しだけ安心する。整う感じはする。

今日着ていたもの。  
今日使ったもの。  
今日、自分の身体に触れていたもの。

それらをひとつずつ整えていくことは、自分の一日を、乱暴に終わらせないための小さな手続きのように思える。

仕事の時間には、ほとんどのものが外へ向かっている。  
誰かに伝えること。  
返すこと。  
決めること。  
間に合わせること。

でも、洗濯物をたたむ時間は、どこにも向かっていない。  
ただ、ここにあるものを、ここに戻していく。

その単純さが、夜にはありがたい。

すべてを整えきれる日ばかりではない。  
たたんだ服をしまう気力まではなくて、重ねたまま眠ってしまう日もある。  
靴下が片方見つからないまま、まあいいかと思う日もある。

それでもいいと思う。

大切なのは、完璧に片づけることではなく、自分の生活に少しだけ触れ直すことなのだと思う。

乾いたシャツをたたむ。  
タオルを重ねる。  
靴下を合わせる。

その間だけ、誰かに見せる自分でも、急いでいる自分でもなくなる。

部屋の中に戻ってきた身体が、ようやく自分のものになる。
今日という日を少しだけ静かに閉じられる気がした。

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この日々を寄稿くだ去った方の選書:

幸田文『台所のおと』

台所に立つ人の手元、ものの音、家の中に流れる気配を、静かに見つめる一冊。

大きな出来事ではなく、暮らしの中にある小さな手触りや音に目を向けることで、日々の見え方が少し変わっていく。  生活を整えることと、心が少しずつ落ち着いていくことの近さを感じたい夜に、ゆっくり読みたい本です。

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